人生の転機その1

皆さんにも人生の転機と呼ばれる出来事がありますよね?

あの出来事を機に、、、

環境や人付き合いが変わった。

考え方が変わった。

そんなぼくも思い返すと、そのような転機があります。

今回はその一部を紹介したいと思います。

あれは幼稚園の年長組の時、

卒園式も終わり来年度に小学校に入学するまでの期間のこと。

父方の祖父母の家に遊びに行くことになる。

何故か車に乗り込む前に、幼稚園の友達に会って「さよらな」と言う。

ぼくの中での祖父母の家とは崖の上に立った木造の一軒家で、

見たことない物が色々あり、犬のシロがいて、大工をやってる祖父の道具を借りて遊び、

ぼくの好きな食べ物ばかり用意してくれて、、、

とてもワクワクするところが祖父母の家でした。

その日も、ぼくの1つ下の弟と夢中になって遊んでいました。

いつもついていく筈の、ママの買い物にも付いて行かずに。

その日を境に、ママは帰ってきませんでした。

買い物の行きがけに言った「行ってらっしゃい!」が最後に交わした言葉。

そしてそのまま祖父母の家に居候することになります。

そして数日後、入学式当日。

もちろんママの姿は見当たりません。

ぼくは、おそらく慣れない環境に順応することに必死で

徐々に「ママだった」人の存在も名前も忘れていきます。

弟は毎晩パパが帰ってくる夕方あたりになると泣き出します。

ある時は祖母と二人で大型サイズの段ボールに閉じ込めたことがあります。(あまりにも泣き止まなくて)

なんと、5才の弟は素手で内側から段ボールを破って出てくる始末。

最後は玄関に出されて、泣いてるところをタイミングよく帰ってきたパパが声をかけて

泣き止むといったことが日常でした。

それから高学年になった頃のこと。

すっかり友達も増え、生活にも慣れ、日々がキラキラ楽しいことで溢れていた時。

パパから呼び出されます。

パパ:「実は、、、パパとママは離婚したんだ。」

(・・・うん、知ってる。)

面と向かって「離婚」のことを告げられたのはこれが初めてです。

この時ぼくの中で「何かが」変わりました。

ぼく:「パパが別にこれからどんな女の人と遊んでもそれは自由だよ。」
ぼく:「でもさ、もう結婚なんてしないで。」

と言った記憶がはっきりと残っています。

ぼくの中では、「ママだった人」がいないことはもういいのです。

ママがいない分、祖父母が愛情をたっぷりと注いでくれていたから。

これが、ぼくの転機と言える出来事の1つ。

PS:

最近の26歳になりました。

誕生日とは、産んでくれた親に感謝する日でもあるとのこと。

幼稚園以来20数年会っていないけど、

産んでくれた母親にようやく感謝する気持ちになれました。

「産んでくれてありがとう。」

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